2007年11月30日

切り換えて

毎夜学校に立ち寄って
先生方と善後策について話し合い、
そして家に帰ると
こたつでテスト勉強している息子の姿が目にとまる。

何とも言えぬ違和感と、これまた何とも言えぬ安堵感が交錯する瞬間です。

今夜も学校経由で帰宅すると、そんな息子も塾へ行っており、力ミさんも不在のため、遅めの夕食を今から一人で食べます。


 昼間、仕事で出席した精神障害者就業セミナ一。

 特別記念講演で大阪府立大学名誉教授で哲学者の山田邦男先生という方の「生きることの意味・働くことの意味」というお話しを聞く機会を得ました。

 ユダヤ人の精神医学者であり哲学者であるV.E.フランクルという人物について深く研究されているとのことで、

 自分という存在の意味は、「人生から何を期待できるか」という見方から、「人生から何を期待されているか」という見方への転回によって充たされる。

 生きる意味や幸せは、自分を忘れて他のものに専心することによって得られるものであり、さらには、この自己忘却を通してのみ真の自己表現も可能になる。ここは「生きがい」の秘密がある。

 「生きがい」は他者(人、物、仕事)からの贈物である。

 今の私には、どれも胸に響く言葉でした。



話しは善後策に戻って・・・

 ですが、先生方が「心のケア」という点で、凄く頑張って下さっています。
 PTAとしても動けることはないかと思っていますが、先生方の指示を待つこととしたいと思います。

 それと、PTA会長はかさばかり高くてお邪魔しても気をつかっていただくばかりだということで、毎日の顔出しは今夜でひと段落ということに・・・。
 後は御用のある時に呼びつけていただくという形に切り換えたいと思います。


 「情報の共有」を掲げておきながら、いろいろな制約の中で思うようにならない自分に苛立ちを感じたりもしていますが、この週末は、プライベー卜な予定をいつもと同じようにバタバタとこなし、出来るだけ頭の方も切り換えてみようと思います。
posted by ひげおやじ at 20:32| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする