逆に言えば点検がなければ気付かず流されていたかも…、
ミサワさんありがとう。
と同時に、自分のブログに「My Episodeシリーズ」という力テゴリ
※「My Episodeシリーズ」の説明はこちら→
このシリーズを書き始めた頃は、各年齢が繋がれば、『ひげおやじ’の半生』とかいう本にして印税生活でも送れるかなという
今回、ここ10年という区切りに気付いたことで、何とか最近のことなら思い出せそうな気もしてきたので、振り返りを超々お久しぶりのこの「My Episodeシリーズ」でこれから少しずつなぞっておきたいと思っていますので、アップした際にはどうか一つ、老い行く者の未練話と思ってよろしくお付き合い下さい。
さてさて
10年前の1997年7月
ひけおやじ’ 35歳
力ミさん ★5歳
息子 4歳
もともとはこの校区出身でしたが、高校以降は市内の別の所に住んでいたわけで、言わば20年ぷりのUターン。
力ミさんも同郷ということで、いろいろ考えるところあって、この地に、この夕イミングで戻ることにした一番の理由は、やっぱり息子のこと。
自分が子供の頃に家庭の都合で小・中学校の間に転校を3回、越境通学を1回経験しており、その都度、友達と別かれる寂しさや、新しい学校でなじめるかどうか不安な思いをしたことを覚えており、それはそれで結果的には友達もあちこちにできたし、人見知りもなく、誰とでもこちらから話しかけられるようになったとも思えるのですが、やはりできれぱ、息子にはそんな思いはさせなくなかったので、幼稚園に年小さんで入園するタイミングで何とか落ち着く場所を持ちたかったというのがありましたね。
中学時代の友達も何人かはいましたが、それでも20年のブランクは他所からやって来た新入りと変わりなく、最初のこの一年の特に前半は地域との関わりなど全くない、職場と家の往復だけの単なる働きバチ的な父親たったと思います。
でも、園の行事とかは可能な限りのぞきに行ったり、地域の粗大ゴミの当番とかも小まめに顔を出したりはしてましたね。
あ、そうそう
(クリックで大きくしてね。)
6月には完成入居の予定が、エ亊がずれ込み7月の入居となり、なんかザワザワと落ち着かない前半でもありました。
たしかに新しい家は快適で、でも今のようにクネクネ飲みに行くこともなく、秋祭りといっても遠くから眺めているだけで、趣味のアウトドアに益々のめり込み、土曜の早朝は一人でフライフィッシングに出かけ、オートキャンプの道具を買い揃えてはご満悦、そして冬はスキーといった感じで、良く言えば家庭中心、悪く言えばあまり回りが見えていないおやじではあったと思います。
そんな中、先日も広報紙「しおさい」の文書でご紹介したように、幼稚園のバザ一があって力ミさんが母の会の役員に当たっていたことから後片付けを手伝いに行き、その時の鍋類の洗いっぷりが良かったというだけの理由で、次の年の春から幼稚園の「父の会」というところに誘っていただいて、初めて地域の活動というものに身を置くこととなったのでした。
Episode36-37につづく





